香川靖雄
女子栄養大学副学長。自治医科大学名誉教授。1932年東京生まれ。東京大学医学部卒業。聖路加国際病院、米コーネル大学生化学分子生物学客員教授、自治医科大学教授などを経て、現職に。専門は生化学、分子生物学、人体栄養学。
子供のいる家庭の朝は、まさに戦場のような慌ただしさ。学校に送り出す準備に追われて、簡単なメニューですませたり、朝食自体を抜いている家庭も多いだろう。しかし、朝食軽視の生活習慣が、子供の学業成績に影響を与えているとしたらどうだろうか。
女子栄養大学の香川靖雄副学長が朝食と成績の関係に気づいたのは、自治医科大学で国家試験対策の委員長を務めていた約30年前のこと。自治医科大学は、僻地(へきち)医療・地域医療の充実を目的に設立された特殊な医大で、通常の入試制度と違うやり方で学生を選ぶため、入学者の偏差値は必ずしも高くはなかった。香川先生は当時の状況を振り返る。
「独自の選び方をしているとみんな医師国家試験に落ちて学校がつぶれるのではないかと、マスコミに散々たたかれました。そこで、国家試験の合格率を高めるために、まずは学生の生活面と成績との関連を調査しました。こうして浮かび上がってきたのが、朝食と成績の関係だったのです」
香川先生が学生を対象に調査したところ、朝食を食べている学生は食べていない学生より、平均得点の成績が百点満点で4.2点高いという結果に。成績の順位も朝食を食べている学生のほうが平均換算すると22番高かった。
これは偶然の結果ではない。翌年も同様の調査をしたが、朝食を食べている学生は食べていない学生を点数で2.4点、順位で15番上回った。明らかな相関関係が見られたのだ。
もちろん朝食のほかにも成績を左右する要因はいろいろと考えられる。ただ、自治医大での調査は、他の要因による影響は極めて小さかったといっていい。
「自治医大は全寮制で、当時は現役で合格した男子学生がほとんど。通学、下宿などの別はなく、授業には選択がほとんどなく、食堂で提供されるメニューも栄養バランスの良い朝食です。ほぼ全員が同じ生活環境で過ごしますが、唯一違ったのがきちんと早起きして朝食を食べるかどうか。朝食と成績の相関を調べるのに理想的な条件がそろっていたといえます」
「朝食の重要性」を知らしめた伝説の調査結果。※香川靖雄ほか「栄養学雑誌38巻P.283」(1980年)をもとに編集部作成。「成績順位」は、各グループの得点を平均したもので比較。
朝食を食べた学生ほど、テストの成績がいい――。この調査結果を、香川先生は論文にまとめて公表する。しかし、約30年前はあまり信じてもらえなかったという。
「当時は栄養がそれほど大きな意味を持つと考えられていませんでしたからね。でも、その後、朝食と成績の相関を示す研究が国内外で続々と発表されて、いまでは疑問を持つ人は少なくなりました」
事実、朝食と成績の相関は、その後、さまざまな調査によって裏づけられている。たとえば実践女子大の中川靖枝教授の実験もその1つだ。同大学付属の中学1年生と高校3年生を対象に、15分の連続足し算を5分の休憩をはさんで2回行ったところ、「気が散る」と答えた生徒は、朝食摂取時が33.3%であるのに対して、朝食欠食時は52.5%に。また間違いも、朝食欠食時のほうが多かった。
文部科学省の調査でも、朝食と学力の相関は明確に出ている。「平成21年度全国学力・学習状況調査」によると、全国の小学6年生で、朝食を毎日食べている子供は「国語A」の正答率が71.3%だった。それに対して、まったく食べていない子供は53.2%。朝食を食べるかどうかで、18.1ポイントの差が開いた。他の教科も同様で、朝食を毎日食べている子供のほうが、約17~18ポイント高かった。
朝食によって差が出るのは学力だけではない。文科省の同じ調査で小学5年生の体力と朝食の関係を調べたところ、男子・女子とも、朝食を毎日食べている子供のほうが体力テストの点数が高かった。朝食を食べている子供のほうが、知力・体力ともに優秀なのだ。
国語も算数も、圧倒的な差がつく結果に。※文部科学省「平成21年度全国学力・学習状況調査」をもとに編集部作成。
どうして朝食を食べたほうが成績は良くなるのか。鍵を握るのは、脳のエネルギー源となるブドウ糖だ。香川先生は次のように解説する。
「わたしたちの体をつくる筋肉や臓器の細胞は、炭水化物やタンパク質、脂肪などをエネルギーとして使います。しかし脳は、ブドウ糖(グルコース)しかエネルギーとして使うことができません。逆にいうと、脳に必要なブドウ糖が供給され続ければ、脳は活性化して集中力や作業能率、学習能力が高まるわけです。
ところが、食事から供給されるブドウ糖は約4時間で底をつきます。ブドウ糖が不足すると、肝臓にグリコーゲンとして貯蔵されている予備のブドウ糖で次の食事までの間をつなぎます。ただ、肝臓は、せいぜい半日分(約60グラム相当)のグリコーゲンしか貯蔵できません。そのため最後の食事が前夜の夕食という状態で学校に行くと、血糖が低下して、脳の働きが悪くなるのです」
ブドウ糖の不足は、脳の働きを低下させるだけではない。じつは朝食抜きは、子供の情緒面に影響を与えることもわかっている。
肝臓からブドウ糖を取り出すときには、ノルアドレナリンやアドレナリンといったホルモンが分泌される。これらのホルモンは、緊急時に普段以上の力を発揮させる働きを持っていて、分泌されると気分が攻撃的になる。そのため朝食を抜くとイライラしてきて、情緒不安定になりやすい。子供の心の発達のためにも、朝食は必須といえるだろう。
後編(11月16日更新予定)は、毎朝きちんと食事を摂取しなければいけないもう1つの理由と、香川先生自身も作っている栄養バランスのとれた超簡単朝食レシピをご紹介します。
http://president.jp/articles/-/13910
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