不眠とメタボ 負の連鎖(2)

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不眠とメタボ 負の連鎖(2)
2008年5月15日(木)0時0分配信 読売ウイークリー
掲載: 読売ウイークリー 2008年5月25日号


終夜睡眠ポリグラフを患者に装着する検査技師。この男性患者(35)は、「夜間頻尿で睡眠中、何度も目が覚める。一日中眠くて仕方がない」と訴え、1泊して検査を受けることになった(名古屋市中区の岡田クリニックで)

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メタボ健診で「睡眠」軽視

 今年4月から始まった「特定健診・保健指導」(メタボ健診)。ところが、メタボ健診には「睡眠」の重要性が欠落している。

 メタボ健診には、厚生労働省の標語通り、「1に運動、2に食事、しっかり禁煙、最後にクスリ」が反映され、睡眠については、「問診内容の『休養』の中に睡眠が入っている程度」(専門家)である。

 清水徹男・日本睡眠学会理事長は、厚労省がメタボ健診策定に先立って開いた専門家や有識者による協議に、「睡眠学会のメンバーは策定に関与しておらず、睡眠に関する議論はほとんどなかったようだ」と指摘する。

 同省健康局は、メタボ健診について、

 「メタボ対策に関する一般的な普及・啓発活動が狙い。国は枠組み作りだけで、後は個別の健保組合ごとにケース・バイ・ケースで対応してほしい」

 という。

 そんな状態だから、睡眠に対する温度差は明らかだ。たとえば、厚労省の標準プログラムにのっとった、ある健保組合の質問票では、「睡眠で休養が十分取れていますか」と漠然とした質問が一つ入っているだけ。

 一方、粥川裕平・名古屋工大保健センター長の場合、睡眠習慣やいびき、眠気の程度など「睡眠」だけで数十項目を質問する。睡眠に関する問題意識の持ちようでメタボ健診の内容も大きく異なってきそうだ。
まだ"発展途上"の睡眠医療

 なぜ、睡眠は軽視されたのか。

 「睡眠医療や教育環境が整備されておらず、専門家も育っていないからです」

 塩見利明・愛知医科大教授は、そう説明する。久留米大病院(福岡県)に日本初の睡眠医療外来ができたのが1981年。「睡眠学」も2001年に日本学術会議が提唱した新しい学問だ。睡眠医療に熱心に取り組む愛知医科大でも、「今ようやく医学部の5年生に睡眠科の臨床実習(BSL)を始めたところ」(塩見教授)という。

 専門医の数も少ない。日本睡眠学会のホームページによると、認定医は全国で349人、認定医療機関は計62か所しかない(07年7月現在)。

 専門医以外の医師の認識もそう高くない。グラフ4の示す通り、かかりつけ医に「眠れているか」と聞かれた経験のある人は、生活習慣病を治療中の患者で34%、指摘を受けながら未治療の人では25%しかいない。

 内村直尚・久留米大教授は、「一般医は不眠の知識に乏しく、患者も限られた診察時間で不眠についてなかなか話せない。病院の待合室で問診票に不眠の有無の質問を加えるなどのひと工夫が必要だ」と指摘する。


 患者側にも「不眠は病気」と認識している人は少ない。グラフ5によると、不眠で悩んだ経験があっても、77%は医師に相談したことがない。

 相談した経験のある人のうち、83%が医師から睡眠の質問を受けており、患者が言い出しさえすれば、そこから始まるのだが。WHOの調査では、不眠で診察を受ける日本人は8%で、世界的にも低い数字という。

 メタボ健診に基づき、保健指導を行う保健師、管理栄養士、看護師らも、専門知識が十分とは言えない。

 結局のところ、「まだ睡眠と生活習慣病の関係を広く知ってもらう段階。健診にどう取り入れるかは、今後の課題」(兼板佳孝・日大准教授)というわけだ。
「不眠」の半数以上何もせず

 では、不眠に悩む人はどうしているのか。医師に相談して処方薬をもらう人はわずか18%で、53%と半数以上が、何も対処していなかった。寝酒を飲む人は20%、市販の睡眠導入薬を使う人が6%だった。

 内村教授は、「お酒を飲んで3〜4時間たつと覚せい作用が現れるため、睡眠の質を悪化させる。アルコールは耐性が強いため、寝酒を繰り返せばアルコール依存症にもなりかねない。市販薬も常用すれば依存症になりやすく、慢性不眠患者には不向き。専門医に相談して適切な睡眠薬の処方を受けてほしい」

 と訴える。

 不眠に悩む人は、専門医の受診が何より大切だ。セルフチェック表も活用してほしい。
メタボより不眠治療が先決

 それでは、「不眠でメタボ」の場合はどうか。

 すでに糖尿病などを発症し、医師の治療や食事指導を受けている人は別として、「肥満解消より不眠治療のほうが先決」という専門家は多い。

 塩見教授によると、不眠を治して質の良い睡眠を取らないと、栄養や運動指導も続かず、運動しても疲れが翌日まで残ってしまうという。

 実際、睡眠不足で気だるい身では、運動する気力もわいてこないし、運動の時間も取れない多忙な人もいる。内村教授の調査によると、生活習慣病治療中の不眠患者が、医師処方の睡眠薬によって睡眠を改善させた場合、過半数の51%で生活習慣病も改善されたという。

 「肥満気味の人を急に運動させるのは無理」と話すのは、河盛隆造・順天堂大大学院教授(内科学)だ。

 「『運動しなさい』と言われれば、ジョギングや水泳を考えるでしょう。しかし、日ごろの運動不足による過体重で、膝にも負担がかかっています。最初は立っている時間を増やすだけでいいのです。会議中や勉強会、通勤時、自宅でテレビを見ているときなどを立って過ごし、まず筋力をつけて、徐々に速足でより長く歩けるようにしてください。この積み重ねでエネルギー消費量が高まる体に変わるのです」


 米科学誌「サイエンス」への寄稿論文によると、太っている人と痩せている人の生活習慣を比較したところ、太っている人の座っている時間が1日当たり9時間31分で、痩せている人より2時間44分長かった。エネルギー消費量に換算して350キロカロリーの差となり、すぐ座る癖が肥満を導くことを物語っている。河盛教授によると、MRIの画像診断でも、短期間の歩行習慣によって筋肉や肝臓内の脂肪蓄積量が劇的に減少することが証明されたという。

 「睡眠の質を高めるためには、生活のリズムを守ることが大切。出張の移動中の電車や飛行機の中で1時間以上眠ると、夜寝付けなくなる。また、自宅やホテルで深夜のテレビやネットを見て過ごせば、交感神経が刺激され続けて眠れなくなるのは当然」(河盛教授)という。

 快眠のコツについては、専門医らで組織する「快眠推進楽部」や睡眠関連企業の「快眠コンソーシアム」の各ホームページでも紹介されている。健康と快適な生活を取り戻すため、多忙でも工夫して、睡眠を取ることが必要だ。

メモ

【不眠】寝付きが悪い(入眠障害)、眠りが浅い(熟眠障害)、夜中に何度も目覚め、その後寝付けなくなる(中途覚せい)、朝早くに目覚め、その後眠れなくなる(早朝覚せい)といった症状が代表的。早朝覚せいは高齢者に多い。不眠の原因は、騒音、深夜勤務、ストレス、悩み事、身体症状、精神疾患など多種多様だ。

 受診するのは、日本睡眠学会の認定医療機関のほか、神経内科や精神科などとなる。検査は問診に加え、睡眠自体を調べる場合はポリグラフ検査を行う。治療は症状に応じて、睡眠リズムの適正化、寝室環境の整備、睡眠前の刺激物や嗜好品を避けるなどの生活指導を行うほか、心身のリラックスを促す自律訓練法、特殊な照明装置で体内リズムを取り戻す方法などがある。睡眠薬を用いる場合は、薬効が2〜4時間という「超短時間型」から24時間以上の「長時間型」まで4タイプの睡眠薬のうち、患者の症状に合わせて医師が処方する。


頭と胸はグルグル巻き。センサーを体中に装着し、検査に臨んだ
「重度のSAS!」診断結果に愕然!
不眠メタボ記者1泊検査入院ルポ

最近疲れやすい、午後になると睡魔が襲う、しかし日常生活に支障はなく寝付きも悪くない----そんな記者は今回、取材先で"緊急"の検査入院後、重度のSASと診断され、そのまま治療開始となった。記者もデスクも唖然の展開である。

 専門クリニックの「代々木睡眠クリニック」(東京都渋谷区)で記者は、井上雄一院長に、こう尋ねた。

 「メタボで不眠の患者を探しています」

 すると、井上院長は、記者の体形(身長169センチ、体重85キロ、腹囲105センチ)をまじまじと見ながら、「あなたこそ、条件にピッタリでは。最近眠れていますか」と言い出した。

 ふと一患者として説明すると、「8対2の確率で睡眠時無呼吸症候群(SAS)と見ました。あなた自身が体験するのが一番良いのでは」と促され、急転直下、その日同クリニックに1泊して睡眠障害の程度や原因を調べる「終夜睡眠ポリグラフ検査」を受けることになった。
包帯グルグル巻きで就寝

 問診の後、午後6時に再来院して採血、血圧測定、レントゲン撮影、鼻腔通気度検査、肺機能検査を受けた後、夜間睡眠の質量、眼球運動や呼吸状態、心電図、血中酸素の状態を調べるためのセンサーを顔や胸、足に装着。天井2か所でカメラでもモニターされている。

 夜9時半に消灯してもらったが、顔は包帯でグルグル巻きにされ、気が散って眠れない。水分を控えていたのに、夜2回もトイレに起き、そのたびにナースコールで終夜モニター中の検査技師を呼んで、いったんセンサーを外してもらった。朝6時半に起こされて検査は終わったが、9時間も床の中にいたのに気分はどんより重い。

 翌日、解析結果を知るためにクリニックを訪れると、

 「重度のSASです」

 井上院長は、そう厳しい顔で告げた。まさか。思わず苦笑したら笑っている場合ではないとたしなめられた。

 「1時間当たりの平均無呼吸回数は約35回で、1時間に33回も目が覚めています。これではいくら寝ても疲れが取れませんし、高血圧を含めて重度のメタボリック症候群を発症する可能性があります。すぐに治療を始めましょう」

 記者の場合、SASの程度を示す無呼吸・低呼吸指数は1時間当たり40.8で、重度とされる「30以上」を軽くオーバーしていた。記録データには断続的に16〜23秒間も呼吸が止まっており、深い睡眠もほとんどない。


記者のあごの骨や舌の状況を調べるため、横顔をレントゲン撮影する

「重度のSAS」を示す検査データ=小倉和徳 撮影

 記者の場合、肥満に加え、骨格上、気道が狭いという。妻に電話で検査結果を伝えると、「今までよく生きていたわね」とあきれた様子だ。実際、重症のSAS患者は10年後の生存率が健常者に比べて30%低いデータもあるという。

 CPAP療法を始めるため、再び検査入院することに。

 CPAPとは、寝るときに鼻マスクを装着し、空気で圧力をかけ、閉塞状態の気道を押し広げる治療器具。井上院長によると、「有効性・安全性が高くて劇的な効果があるため、研究が進んだ。全世界で最も普及している」という。その後、CPAP機器をレンタルして持ち帰り、自宅で毎晩、装着すれば、スッキリした朝が迎えられるという。

 なかには、装着時の違和感がぬぐえない人もいるようだ。CPAP治療中の同僚記者(46=身長171センチ、体重77キロ)は、

 「圧迫感はあるし、冬は鼻先に冷たい風が吹き付け、1か月間鼻炎に苦しんだ。朝方に寝ぼけてはがしてしまう」

 と証言する。そんな人には、のどを広げるマウスピースを装着する治療法もある。

 記者は最近、減量に励んでいたせいもあり、自分が「睡眠障害」だとは夢にも思っていなかった。わが身の反省も込めて声を大にしてお伝えしたい。

 日中眠い、熟睡感がない、いびきが大きいといった症状のある人は、ぜひ専門医を受診してください。

(本誌 大屋敷英樹)
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