Listening:<記者の目>柔道の事故、どう防ぐか=巽賢司(長野支局)

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松本市の柔道事故で重傷を負った沢田武蔵さん(中)は今も重い意識障害が残る。左は父博紀さん、右は母佳子さん=松本市で2014年4月12日午後5時8分、巽賢司撮影

 ◆巽(たつみ)賢司

 ◇指導者の国家資格必須

 長野県松本市で2008年5月、柔道教室の練習中、小学6年の男児が指導員に技をかけられ、重い意識障害が残る重傷を負った。元指導員は業務上過失傷害罪で強制起訴され、4月30日、長野地裁で有罪判決を受け、今月15日確定した。12年度から中学校の武道必修化で柔道が選択科目になり、普及・強化を統括する全日本柔道連盟(全柔連)を中心に事故防止対策が進む。しかし、事故は今も起きている。全ての指導者を対象に、資格がなければ柔道を教えることができない公的制度を国が早急に導入すべきだと思う。

 松本柔道事故の被害者、沢田武蔵さん(17)は「片襟体落とし」という技で指導員に投げられた。頭が揺れる衝撃で脳の血管が切れる「加速損傷」によって急性硬膜下血腫を発症し、脳に障害を負った。裁判で弁護側は、加速損傷について「当時は知られておらず、予見できなかった」と無罪を主張した。判決は「技量、体格などが未熟な者が強い力で投げられ、打ち付けられれば、何らかの障害が発生しうることは十分予見できた」と結論付けた。

 ◇「予見できる」と言われても...

 判決について、ある柔道指導者は「『力加減せずに投げれば、けがをすることが予見できる』と言われても、どのように事故を防げばいいか分からない」と困惑した表情で話した。武道必修化後の中学校の授業で重大事故は起きていないが、ある学校の柔道部顧問は「事故を絶対起こさないとは言い切れない」と自信なさげに打ち明けた。

 中学校の授業では、柔道未経験の体育教師が研修を受けて教えるケースや、外部の柔道経験者が教師の監督のもとで指導する場合もある。学校現場の指導者の経験や力量はまちまちなのが実情だ。指導者たちの戸惑いや自信のなさは、子供への柔道指導法が定まっていないことを示す。

 名古屋大大学院の内田良・准教授(教育社会学)の調べでは、12年度までの30年間で少なくとも118人の子供が柔道事故で命を落としている。全柔連によると、12~13年は子供の死亡事故はなかったが、今年3月、沖縄の道場で小学3年の男児が練習中、上級生に投げられ急性硬膜下血腫を発症した。

 事故防止策が取られてこなかったわけではない。文部科学省や各教育委員会は、教師や柔道部指導者らを対象に教本を作り、講習会を開くなどしている。全柔連は06年に冊子「柔道の安全指導」を作製、全国で講習会を開き、昨年4月には資格取得を義務付ける「指導者資格制度」を本格スタートさせた。資格を取るには安全講習を受けなければならず、指導者は医学知識や安全な指導法などをある程度身に着けることができる。

 ◇フランスでは研修500~800時間

 柔道人口が日本の3倍以上の約56万人に上るフランスも、国や柔道連盟などが資格取得を義務付けている。鹿屋体育大の浜田初幸(はつゆき)・准教授(柔道論)によると、フランスには6段階の資格があり、柔道クラブを運営する指導者になるには最低500~800時間の研修や救急救命士資格などが必要だ。スポーツ省が柔道を管轄し、重大事故は起きていないという。日本の指導者のほとんどはボランティアだが、フランスでは有資格指導者が柔道を教えると報酬が支払われる。同国で指導経験があるバルセロナ五輪柔道女子銀メダリスト、溝口紀子・静岡文化芸術大准教授は「指導者の資質を上げるには責任を負わせ(報酬という)対価を与える必要がある」と指摘する。

 部活動の指導で教師に別途報酬を支払うのは日本ではなじまないが、私はフランスを参考に全柔連の資格制度を発展させることが最も有効だと考える。浜田准教授は「フランスのやり方をそのまま取り入れるのは難しい。日本の制度にどう落とし込んでいくかが大事だ」と強調する。
 全柔連の資格は3段階で、来年度から実施予定の研修時間は一番低い資格でわずか12時間、最も高い資格でも40時間だけだ。フランス並みの500時間を確保するのは困難かもしれないが、もっと増やすべきだろう。

 全柔連の資格制度には改善の余地がまだまだ多い。無資格でも罰則を科すわけにはいかないし、そもそも、全柔連が中学の教師らに対し資格取得を義務付けることなどできない。やはり、フランスのように、国の関与が不可欠だ。

 「二度と事故が起きてほしくない」と沢田さんの家族は訴える。安全な柔道教育の確立のためには、全柔連の協力のもと、全ての柔道指導者を対象にした公的資格を国が管理するしかないと思う。柔道発祥の国として、柔道発展のためにも、国が事故防止への強い姿勢を示
すべきである。
2014年05月23日


http://mainichi.jp/journalism/listening/news/20140523org00m040004000c.html

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