連載:医学博士 大西睦子のそれって本当? 食・医療・健康のナゾ
牛乳は身体に良いのか悪いのか?
2014年07月25日
食、医療など"健康"にまつわる情報は日々更新され、あふれています。この連載では、現在米国ボストン在住の大西睦子氏が、ハーバード大学における食事や遺伝子と病気に関する基礎研究の経験、論文や米国での状況などを交えながら、健康や医療に関するさまざまな疑問や話題を、グローバルな視点で解説していきます。
今回は何かと話題になる「牛乳は飲むべきなのか?」という話題を解説します。

Photo:Naypong
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人間だけが、大人になっても、ほ乳類の乳を飲んでいる
私たち人類の直接の祖先は、今から、約十数万年前にアフリカで誕生しましたが、そのころは、水か母乳しか飲むものはありませんでした。赤ん坊は母乳を飲んで、離乳したら水を飲んでいたのです。紀元前9000~2000年ごろになると、人間はヤギやヒツジの乳を飲み始めました。5000年前ごろから、カルシウム、ビタミン、脂質やタンパク質などの栄養素を豊富に含む牛の乳を飲むようになり、現代にいたるまで栄養価の高い食品として利用してきました。
こんなに人類と長いお付き合いの牛乳ですが、最近は体に良い、悪いなど、いろいろな情報が流れています。何と言っても、牛乳の消費量の多い米国では、特に議論がさかんです。
米農務省が勧める1日3杯の低脂肪牛乳って本当?
米農務省は、9歳以上の男女は、牛乳を1日3杯(2~3歳は2杯、4~8歳は2杯半)飲むことを推奨しています。ところが2013年に、栄養疫学研究の第一人者であるハーバード大学のウォルター・ウィレット教授と、デビッド・ルートヴィヒ教授は「1日3杯の低脂肪牛乳はエビデンスに基づく推奨か?」という論文を報告し、地元のボストングローブ紙の取材を受けています。
ルートヴィヒ教授は、次のように述べています。
「この推奨を支持する強い科学的な証拠はありません。牛乳を食事から排除するべき、というわけではありませんが、もっと大まかな範囲がより適切でしょう」「いわし、ケール(アブラナ科の野菜。キャベツの変種)や豆など、カルシウムの豊富な食材を取り入れている大人は、牛乳から受ける恩恵は少ないでしょう。ただし、貧しい食生活の子供の場合は、骨を強くするために、1日3杯の牛乳が必要かもしれません」。
■参考文献
THE JAMA Networkhttp://archpedi.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=1704826
BOSTON GLOBE「How much milk do we really need?
United States Department of Agriculture「How Much Food from the Dairy Group Is Needed Daily?
結局、牛乳だけではなく、緑黄色野菜、海藻、大豆製品や小魚などいろいろな食品からカルシウムをとることが一番良い方法なのです。厚生労働省は、成人の目標として、カルシウムに富む食品(牛乳・乳製品、豆類、緑黄色野菜)の1日当たりの摂取量を牛乳・乳製品130g、豆類100g、緑黄色野菜120g以上としています。
1日に必要なカルシウムの摂取量は年齢、性別で異なり、成人男性で650~800mg、成人女性で600~650mgが推奨されています。なおコップ1杯(200ml)の牛乳にはにカルシウムが227mg含まれています。
では最近、牛乳を飲み過ぎると問題だと騒がれているのはなぜでしょうか?
実は牛乳の脂肪分による肥満も問題ですが、最近さかんに議論されているのは、がんとの関係です。

Photo:Supertrooper
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牛乳を飲み過ぎるとがんになる?
英国ガン研究所(Cancer Research UK)は、最近になってこの質問に対し多数の論文が報告されたものの、答えはシンプルではないと回答しています。研究の中には牛乳ががんのリスクを増やすことを示すものもあれば、がんのリスクを減らすものもあるのです。
例えば、ある研究では乳製品にあるカルシウムの摂取が大腸がんを防ぐとされていますが、別の研究では乳製品の摂取量と前立腺がんや卵巣がんの発症のリスクに関係があるかもしれないと示唆しています。また乳がんとの関係は、報告によって相反する内容が呈示されているのです。
■参考文献
Cancer Research UK「Does milk cause cancer?」
なぜこれほど議論になるのでしょう?
その理由の1つに、「インスリン様成長因子1」(insulin-like growth factor 1、IGF-1)というホルモンの存在があります。
IGF-1は、細胞の成長や分裂を促進し、細胞死を抑制している、私たちの健康維持や成長に非常に重要なホルモンといえます。ところがIGF-1を過剰に摂取すると、異常な細胞増殖、すなわちがん化につながると考えられます。
■参考文献
US National Library of Medicine National Institutes of Health「Evaluating the links between intake of milk/dairy products and cancer.」
それでは、IGF-1を過剰に摂取し、がん化につながるのどんなときでしょうか?
国サンフランシスコにあるサンライト健康栄養研究センターのウィリアム・グラント博士は、動物性食品の摂取は、乳がん(女性)、子宮体がん、腎臓がん、卵巣がん、膵がん、前立腺がん、精巣がん、甲状腺がんおよび多発性骨髄腫の発症に相関し、その原因のひとつに、IGF-1の産生が関与すると主張しています。
■参考文献
Nutrients「A Multicountry Ecological Study of Cancer Incidence Rates in 2008 with Respect to Various Risk-Modifying Factors」
こうした研究からみていくと、牛乳など乳製品も含め、動物性食品の摂り過ぎは控えるべきでしょう。
米国の牛乳が抱える、もう1つの問題
実は米国では、日本では使用禁止とされている遺伝子組み換え牛成長ホルモン(rBGH)の問題があります。現在、米国の牛の5頭に1頭が、rBGHを投与されていると言われています。rBGHを投与すると、乳牛の成長が速まり、牛乳の生産量が増えるのですが、rBGHを注射された牛は乳腺炎になりやすく、抗生物質を投与されます。さらに、rBGHを投与された牛乳にはIGF-1が非常に高レベルで含まれているのです。
ですので、牛乳に抗生物質や膿汁が混ざる可能性や、この牛乳を飲んで、ヒトの血液中のIGF-1が高くなるのではと懸念されているわけです。米食品衛生局はこの懸念に関して、「人間への影響は分からず、今後の研究が必要」としています。多くの米国民は、この影響に不安を感じ、rBGHフリーと表示された牛乳を選んでいます。
■参考文献
American Cancer Society「Recombinant Bovine Growth Hormone」
結局のところ、牛乳を何杯飲むべきかという質問に対しては、専門家でも意見が分かれるのが現状です。また国によって牛の飼育方法が違うため、牛乳の質が異なる点にも注意してください。
飽食の時代に生きる私たちにとって、個人の食生活で、必要な牛乳の量は異なりますが、一般的には、1日コップ1杯から2杯までの牛乳が適量だと思います。

Photo:dan
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著者
大西睦子(おおにし・むつこ)
医学博士。東京女子医科大学卒業後、同血液内科入局。国立がんセンター、東京大学医学部附属病院血液・腫瘍内科にて、造血幹細胞移植の臨床研究に従事。2007年4月より、ボストンのダナ・ファーバー癌研究所に留学し、ライフスタイルや食生活と病気の発生を疫学的に研究。2008年4月より、ハーバード大学にて、食事や遺伝子と病気に関する基礎研究に従事。著書に『カロリーゼロにだまされるな――本当は怖い人工甘味料の裏側』(ダイヤモンド社)。
http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/column/20140724/1059247/?ref=zy
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