苫小牧の「国家石油備蓄基地」に行ってきた

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苫小牧の「国家石油備蓄基地」に行ってきた
原野に広がる、「もしも」に備える巨大タンク群

成毛 眞 :HONZ代表
2014年09月01日

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左が副所長(工務安全課長)の佐伯吉朗さん、中央が所長の河野敦さん

 日本には10カ所、国家石油備蓄基地がある。いずれも、独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)が国からの委託を受けて統合管理するものだ。今回は、そのうち最大の苫小牧東部国家石油備蓄基地を訪れることにした。


林の中に巨大なタンクが出現

 新千歳空港から40分ほど走ったあたりで、車窓に薄緑色をした円柱形の巨大なタンク群が見えてきた。ひとつだけでも巨大なのに、それがいくつも並んでいるのである。これをすべて私物にできるなら、ボクは石油王と呼ばれるのではないかと思ったがさにあらず。

 「全部で、日本で消費する原油の約12日分です」

 基地事務所の河野敦所長が説明してくれる。石油王は三日天下ならぬ12日天下に終わりそうだが、この基地の総タンク容量は640万キロリットルにも達するのだから、日本は毎日大量の原油を消費している国であることがよくわかる。ここでは、約274ヘクタールという広大な土地に、容量が11万4800キロリットルのタンクが55基と、4万1000キロリットルのタンクが2基の合計57基、設置されている。

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北海道の南部、苫小牧東港から内陸に入ったところに苫小牧東部石油備蓄基地がある

 隣接地には民間の備蓄基地である北海道石油共同備蓄北海道事業所があり、ここには33基のタンクが並んでいる。民間施設ではあるのだがタンクの大半は国が借りていて、備蓄されている原油も9割以上が国のものだ。従って、住所でいうと苫小牧市静川と厚真町にまたがる敷地には、国の原油が入った計90基のタンクが設置されていることになる。ぜひ、グーグルアースで見てもらいたい。新千歳空港から南南東の方向を見ると、青々とした大地に白っぽい丸いものが並んでいるのですぐわかる。

 タンク群は海岸からは6キロほど離れた、森林を切り開いた土地にある。残されている林には今も、キツネやウサギ、リスがいるそうだ。基地が内陸部にあるのは、使い勝手のいい沿岸部は民間企業のためにと空けておいたからだ。中東からタンカーで運ばれてくる原油は、海底部分3キロ+陸地部分6キロ、計9キロの長さのパイプラインを通ってタンクに到達する。


当然、雪国特有の検査が必要

 火気厳禁ですと念を押され、タンクに近付いてみる。容量が11万4800キロリットルのタンクは遠くから見てもかなり大きいが、近付くと一層、大きく感じる。高さは24.5メートルで8階建てのビル相当、直径は82メートルで、この円の面積は阪神甲子園球場のグラウンド部分と同じくらいだ。外壁に沿って付けられた階段は128段ある。都内を地下鉄で移動する方ならご存じの永田町駅の、半蔵門線から有楽町線の乗り換え通路にある途方もなく長い階段ですら96段だ。

 この巨大タンクが、タンクの直径と同じかそれ以上の間隔で、88基並んでいる。

 こんな景色は、今まで見たことがない。なにしろ、タンクの周囲は林で、その向こうには山が見えて、比較対象になる建物が視界に存在しないのだ。ときおり敷地内を走る車と比べようにも、車があまりにも小さすぎる。

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円形タンクの円部分の面積は甲子園球場のグラウンドと同じくらいの大きさがある

 タンクの周辺は土地が数メートルかさ上げされている。つまり、道路から見ると、タンクは低い場所に置かれている。これは、万一、原油がタンクから漏れてもそれを周囲に拡散させないための措置である。

 タンクの構造は、ダブルデッキ浮屋根方式である。ダブルデッキとは、屋根が二重構造になっていることを意味する。二重になった屋根の隙間に空気を入れることで大きな浮力を生じさせ、重さ840トンある屋根を、たとえその上に雪が積もったとしても、原油の上に浮かせられるようにしている。屋根と内壁の間はウレタンフォームでシールされている。壁の厚さは、下部が37ミリで上部が12ミリ。

 屋根の高さはタンク内の原油量に応じて変化するので、あまり入っていなかったり空だったりするタンクを上から見ると、屋根部分が低くなっている。この様子も、グーグルアースでも確認できる。

 すべてのタンクがフルになることはない。タンクには、原則として8年に1度、中を空にしての検査が義務づけられているため、常に、57基中7基程度は検査中なのだ。

 点検項目は多岐にわたるが、そこには、ほかの備蓄基地にはない項目も含まれる。言うまでもなく北海道は雪国で、苫小牧にも冬になれば雪が降るので、タンクは車などでいう「寒冷地仕様」になっている。屋根には積もった雪が偏らないよう構造に工夫がされ、配水管にはいちいち水を落とす(凍結防止のための水抜きのこと)必要がないよう、ヒーターが付けられている。設備が多ければ点検項目も増える。そして、冬場は雪のため作業ができないので、点検は4月から11月の間に集中して行われる。


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火災が発生してもすぐに使用できるよう、大容量放水砲を待機させている

 火災対策設備としては、タンク1基ごとに、固定泡消火設備14台が設置されており、火災感知器も33カ所に配置されている。現在、苫小牧東部国家石油備蓄基地では連続460万時間以上、無災害記録を継続更新中である。

 実は今回、タンクの大きさや土地の広さもさることながら、最も驚かされたのは、無災害への徹底した取り組みについてだった。タンクごとに消火設備を持たせたうえで、さらに本格的な消火設備を持っているのだ。化学消防車や化学高所放水車、貯水池や貯水槽は当たり前。もっとすごいものがあった。


10時間以内の消火が義務

 「タンクで火災が発生した場合、10時間以内に消火することを石油コンビナート等災害防止法で義務づけられています。13時間後にはボイルオーバーの可能性がありますから」
副所長で公務安全課長も兼任する佐伯吉朗さんが言う。

 ボイルオーバーとはこういうことだ。

 巨大タンクには、原油だけでなく水も入っている。シールしているとはいえ、屋根は原油に浮いているので、どうしても雨水が入り込むのだ。水は原油より比重が重いため、底に溜まる。

 その状態でタンクから火が出たとする。原油は揮発しやすい成分から気化して燃えていき、熱せられた重い成分はタンクの下へ下へと沈み込んでいく、するとある瞬間に、タンクの底にあった水にも熱が一気に伝わり、加熱される。水が水蒸気になると体積は約1700倍になるが、これが一変に起こると、水蒸気爆発を引き起こす。この事象をボイルオーバーと呼ぶのである。

 そのボイルオーバーを未然に防止するのが、毎分5万リットル、つまり毎秒830リットルと、1秒で家庭用の浴槽を4つほど満水にする速度での放水が可能な大容量泡放水砲システムだ。

 システムを構成する装置は、大容量資機材倉庫と呼ばれる建物の中に置かれていた。

 20フィートコンテナサイズ(長さ6058ミリ×幅2438ミリ×高さ2591ミリ)に収められた大容量のポンプや、通水時の直径が30センチで一巻きで長さ150メートルのホース、泡の原液が入ったタンク、原液と水の混合装置、そして大砲を彷彿とさせる外見の放水砲が整然と並んでいる。放水砲は2門ある。単位が門であるところもまさに大砲だ。

 装備はどれもピカピカだ。いざというときは、これらをクレーンで吊り上げてトレーラーに積んで出動し、火災現場でシステムに組み上げ、消火活動に使うことになる。ポンプにも放水砲にも、すぐにクレーンで吊り上げられるようにフックが付けられた状態になっている。トレーラーが余裕を持って乗り付けられるよう、スペースもしっかり確保されている。

 この倉庫を一目見ただけで、いつでも現場に出て行ける、いうなれば"レディ・ゴー"のィの字の縦棒を書き終え、ゴの字に筆を運ぶ直前の状態であることがわかる。倉庫の外の道路も、トレーラーの走る部分はロードヒーティング仕様で、雪の季節も除雪を待たずに現場へ駆けつけられるようになっている。

 その"現場"は、この苫小牧東部国家石油備蓄基地と隣接する北海道石油共同備蓄に限らない。北海道地区広域共同防災組織に加盟する、室蘭や知内にある民間の製油所や発電所も対象だ。倉庫から300キロ近く離れた場所でも、10時間以内に消火しなくてはならない。

 雪の中で訓練をしている写真を見せてもらって実感した。備えるとは、すぐに使える状態を保ち続けるということなのだ。


新品の泡放水砲システムは無事故の証し

 そもそも、原油の国家備蓄も文字通り備えである。

 資源のない日本での原油の備蓄は、1972年から始まった。オイルショックの前年である1972年から民間への義務づけが始まり、その後、1978年には国による備蓄が始まった。当初はタンカーで備蓄をしていたが、基地の整備が進むにつれて、固定式のタンクへの備蓄に移行した。その結果、日本には10カ所のタンクがあり、苫小牧のような地上タンクのほか、地中タンク、洋上タンク、地下の岩盤を利用したタンクなどがある。

 現在、それらのタンクには、原油と石油製品とを合わせて197日分が蓄えられている。そのうち7割が国家備蓄であり、残りが民間備蓄である。

 この備蓄の目的は、供給不足が発生しても、日本経済や国民の生活に大きな混乱を招かないことだが、これまでのところ、国家備蓄の原油が放出されたことはない。想定されている、大きな混乱に結びつくような緊急事態はまだ発生していないからだ。苫小牧の備蓄基地の原油も、多少の入れ替えはあったものの、基本的には一度運び込まれたものがずっと蓄えられている格好だ。

 今後も国家備蓄の原油は放出されず、大容量泡放水砲システムにも訓練以外の出番がないかもしれない。実は、大容量泡放水砲システムがピカピカなのを見たときには「これを使わないのはもったいないな」と思ったのだが、しかし、新品同様であるのは無事故であることの証なので、喜ばしいことなのだ。その裏側には、備えあれば憂いなしを徹底する人たちがいることを忘れまいと思う。

http://toyokeizai.net/articles/-/46676

 

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