なぜインドのトイレ普及率は5割以下なのか モディ改革を支える「トイレの聖人」

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なぜインドのトイレ普及率は5割以下なのか
モディ改革を支える「トイレの聖人」

菱垣 裕介 :アジアインフラストラクチャ代表取締役・開発コンサルタント
2014年08月30日

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スラブアカデミーを訪ねた日本人技術者にあいさつする、「トイレの聖人」パタック博士(左)

 8月30日、インドのモディ首相が来日する。モディ氏が8月15日に独立68周年記念式典での演説で、多くの時間をトイレの普及計画に割いたことは国際的に注目された。だが、その背景に、インドの社会改革、経済発展へ向けた命がけの意志とメッセージが込められていることは、どれだけ理解されているだろうか。

なぜインドでは、トイレが普及していないのか

 そのことを説明するために、ビンデシュワル・パタック博士(写真)のことをご紹介したい。インドでは子どもでも知っている、「トイレの聖人」と呼ぶべき人物である。だが、なぜかインドでビジネスをしている日本人の間では、パタック博士を知る人が少ないようだ。

 パタック博士の話をする前に、なぜインドでトイレが普及してこなかったかについて解説したい。日本人や、他の外国人からは見えにくい重要な背景があるからだ。

 インドではトイレを設置せずに屋外で排泄することが、都市、農村を問わず一般的であった。このためトイレの普及には衛生教育の徹底、またその基盤となる初等教育の徹底と質の向上が必要となる。

 インドでは、トイレの普及に必要な条件はそれだけではない。人々が屋外に排泄した物は、モヘンジョダロ(インダス文明の都市遺跡)の時代から、アンタッチャブル(不可触民)の階層の人々が、手で処分をしてきたという事情があるからだ。これらの人々はスカベンジャー(死肉喰い)と呼ばれ、彼らは排泄物の処理に対する代償で生計を立てている。インドにおけるごみの廃棄・処理の問題も同じ構造である。

 インドにおいてトイレを普及させるためには、スカベンジャーの職に固定化された人々を、別の職につけていかなければならない。そのためには初等教育を受ける機会も限られているこの階層の人々に、基礎的な教育の機会を与え、また他の職業につくための職業訓練もしていかなければならない。


「トイレの聖人」パタック博士、命がけの挑戦

 このような改革を進めていくには、他の階層の人々からの強い抵抗があるし、またこの階層の人々自身の中にも、伝統的な役割と生活から離れていくことの「不安と抵抗」がある。

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スラブアカデミーの生徒。6割はスカベンジャー(死肉喰い)と呼ばれるコミュニティの出身だ

 その困難な取り組みに挑戦してきたのが、パタック博士が創設したスラブ・アカデミーである。パタック博士は、1943年にインド北東部ビハール州で最上級の階層の家庭に生まれた。のちにマハトマ・ガンジーが創設した生活改善運動に参加し、最下層の人々のコミュニティで数カ月生活しつつ、仕事をおこなった。

 その過程でパタック博士は、彼らの生活と衛生状況を向上していくためには、トイレの設置と同時にスカベンジャーの人々に対する教育機会と職業訓練機会をつくっていくことが必須であることを知った。

 パタック博士は、トイレを設置していくと同時に、これらの人々への教育と職業訓練の機会を作ってきた。パタック博士自身の身内だけでなく、上流の階層の人々、さらにはアンタッチャブル階層の人々自身からの抵抗も、たいへん大きなものであったという。博士の家族は、スカベンジャーのコミュニティでの仕事から戻った博士を「穢れている」とし、穢れを除くために、牛の尿や糞を薬として食べさせたそうだ。

 スラブアカデミーは、スカベンジャーの職を持つ人々への初等教育と職業訓練の向上にも力を注ぎ、デリーにはスラブアカデミー自身による学校を開設している。この学校の40%の生徒は一般の階層の家庭から来ており、60%はスカベンジャーの家庭から来て、共に学んでいる。このような学校はインドでは、いまだほとんど見ることができない。

 現在、東部のほとんどの州においては、トイレにアクセスできる人口は全体の50%以下だ。モディ首相は、「1年以内にインドのすべての学校にトイレを設置すること」、また、「4年以内にインドのすべての家庭がトイレを利用できるようにすること」を、明確な目標として掲げた。

 これまでパタック博士のような例外的な人物が取り組んできたことに、国を挙げて挑戦しようというのだ。どれだけ大変なことかは、パタック博士の経験から容易に察せられる。


トイレ設置は10万円から、日本企業への信頼感向上へ

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デリー市郊外のスカベンジャーの人々が暮らす山

 現在、日本の多くの企業がインフラストラクチャ・セクターでインドに投資し、事業を拡大することを目指している。

 デリー・ムンバイ経済回廊やスマートシティ、鉄道、原子力発電など、インドの超大型インフラ開発に関連して事業機会を獲得しようとする日本企業の動きは加速していくであろう。

 インフラ開発事業においては、消費財の輸出以上に、対象国についてのより深い理解と現地の人々との連携が必要である。政府間での支援だけでなく、インドでのインフラ開発事業への参入と拡大を目指す日本企業に、トイレの設置に協力することを提唱したい。インドでは、1カ所当たり約10万~20万円の資金で立派なトイレが設置できる。

 スラブアカデミーは、日本企業からの寄付を受け入れてトイレを設置、運営、管理していくことに同意している。これらのトイレには、寄付した企業の名前を掲示できる。人々が毎日利用するトイレへの貢献は、日本企業に対するインドの人々の親しみと信頼性をさらに向上させるために、有効かつ効率的な方法だと思う。

http://toyokeizai.net/articles/-/46735

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